高田馬場にはよく行くのですが、駅の近くに気になるお店があります。
僕がそのお店の存在を知った時からずっとドアが閉ざされたままで営業している形跡はありませんでした。
そのお店とは、ここ。
煉瓦と石の柱が素敵な名曲喫茶らんぶる。
ご覧の通りすでに廃墟と化しています。
建物の上にある看板部分に注目してみます。
「らんぶる」の「ん」と「る」が既に崩落してしまっているのです。
防護カバーはしていないので、落ちた文字はそのまま歩道へと落っこちてきたのかもしれません。
予防策を講じないで大丈夫なのかな。
かなり心配。
ドア部分に注目してみましょう。
カーテンが閉まっていて中は見えません。
レンガもかなり崩れてしまっています。
ちなみにドアの前にある看板は閉店のお知らせではなく、どこかのアパートの空き室情報でした。
次に2階の窓。
上部の円を描いている部分がかなり好きです。
昔のモダンな建築物にはこういう曲線が入っているのがポイントです。
次に1階の窓。
外の植え込みにはあじさいがあったのですが、その枯れ具合と建物の雰囲気がマッチしていました。
窓にはチラシが貼ってあり、中は見えないようになっています。
窓の横にはおそらくランプがかかっていたと思われる残骸が。
かなり腐食しています。
建物の横はトタンで覆われています。
おそらく昔はここも煉瓦できれいになっていたのでしょうが、崩落してしまったのでしょう。
落書きいくない!
あちこち痛んでいるこの建物はいったいいつ建てられたんだろうと思って、何かヒントとなるものを探してみました。
すると横壁で電気メーターが。
東京電力ではなく、関東配電株式会社となっています。
年代表記は目視では昭和20年と見えました。
仮にそれが正しいとしたら今年で62年目ということですよ。
念のため関東配電株式会社を調べてみると、1951年まで存在していた会社で、その年から東京電力に業務が引き継がれていったようです。
1951年と言えば昭和26年です。
ということは薄っすらと確認できた昭和20年の文字は正しかったということになりそうです。
こういう昭和の歴史を語り継いでいる建築物は朽ち果てるにまかせないで、なんとか文化施設などで再利用できないものかな。
もちろん修繕維持費用で莫大な金額がかかるんだろうけど。
このままなくなってしまうのは非常に惜しい物件です。
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この記事の筆者は徳富政樹(とくとみ)です。ブロガー、街歩き案内人、なんちゃってフォトグラファー。日本全国を旅しながら写真撮影をしています。マニアックな場所や美味しいもの、鉄道、井戸ポンプ、ネコが好きです。トップページ | 旅の全記録 | フォトウォーク | 登山の全記録
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